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日本の現況に基づき、予想される北朝鮮特殊部隊の能力、行動、米国における警備態勢強化の動きなどから総合的に判断すると、日本の現在の警備態勢では原子炉の安全性確保という点で、以下の不徹底な点があることが浮かび上がってくる。
米国では一般の原発職員にすら武器を携行させることが検討されている。もちろん武器については、原発職員向けに保管されていることは言うまでもない。外国では、日本とスウェーデンを除き、民間の警備会社が警備を担当するとしても、武装しているのが通常である。日本では武器そのものが、職員にはなく操作もできない。民間警備員も武装はない。
また、警備に当たる警察の原子力関連施設警戒隊の装備も、特殊部隊の攻撃を想定すると対処は困難と見られる。特殊部隊は、機関銃だけではなく、ロケット弾、対戦車ミサイル、迫撃砲などを保有しており、その攻撃に対して現在のサブマシンガンや狙撃銃程度の装備では、対抗できない。防弾衣と防弾ヘルメットでは隊員への被害も防げないであろう。
海上でも同様である。40ミリ機関砲は無いよりはましであるが、その装備数も威力も限られている。工作船上からのロケット弾、無反動砲などによる攻撃、潜水部隊による艦艇への爆薬攻撃など、本格的な海軍特殊部隊の攻撃には対処できないであろう。人員と艦艇の防護力も不足している。水中に対する音響センサーなどは威力を発揮するかもしれないが、能力に限界があり、原発の周辺海域の広さなどを考慮すると、少し離れた適地に密かに上陸するのを発見阻止するのは困難である。
外周には高さ2.5メートル程度の柵が二重に設置され、監視装置もあるが、過去には20名以上の民間人が山菜取りのため、まとまって柵内に侵入した事例もある[34]。特殊部隊に奇襲的に襲われれば、フェンスは突破され、警備部隊も火力で撃破されるであろう。県警のSATでも、特殊部隊の規模にもよるが、一般に武器の質と量、訓練練度などから、迅速な制圧は困難であろう。
原子力発電所は、近隣の住民地域から離隔された、地盤堅固な海岸沿いに立地している。「原子炉立地審査指針」には、@原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること、A原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯であること、B原子炉敷地は、人口密集地帯から一定の距離離隔していることという3条件が課されている。このため、原子力発電所は警備の困難な人口希薄で海に面した、広大な敷地に位置することになる。この立地条件を変更することは困難である。
その結果原発は今後とも、県警本部などの位置する住民地からは数十キロは離隔することになり、事前に兆候がつかめず奇襲された場合には、応援の警備部隊も自衛隊も、約1時間程度は、出動準備と移動に要するのではないだろうか。その間、所在の原子力関連施設警備隊、すなわち5〜6名程度のサブマシンガン、狙撃銃などをもった警察官と特型警備車で阻止することはできない。民間の警備員にも職員にも武器はない。中央制御室など中枢部への接近を拒否しつつ、原子炉の安全性を確保するため炉心の緊急停止措置と緊急連絡をするのが精一杯となろう。職員などが人質に取られ、枢要な施設への侵入を強要されるおそれもある。撹乱や陽動が目的であれば、原子炉内に入る必要は無く、発電機、送電系統などの施設を破壊し送電を阻止し、パニックを引き起こすことはでき、爆破などにより一部の中枢施設に押し入り破壊するだけでも、目的は達成できることになる。即応性の向上には、何よりも警備要員の増員と武装強化が必要である。
平常時の原発警戒部隊の数が1箇所の原発あたり常時5名前後と推定されるが、それでは余りにも初動対処能力として不足している。武器が不十分なだけではなく、人数も少なすぎる。少なくとも特殊部隊側が、数個小隊、中隊規模の80名程度の兵力で攻撃してくるとすれば同等の武器を持った20〜30名程度が常時警備部隊として詰めていなければ、攻撃を阻止はできない。
自衛隊に警備権限が与えられていれば、武器も使用でき、ある程度の阻止は可能とみられる。しかし現在の陸自の人員数では、国際平和協力業務でも、国外派遣人員は千名程度が限界である。もしも、原発に自衛隊を各25名常時配備するとすれば、1箇所当たり交代要員を含め約75名、54箇所では4050名となる。4千名の警備要員を原発警備のためにだけ常時差し出す人員の余裕は、陸自にはない。陸自を増員する必要があるが、それが困難なら、装甲車と数名の隊員を抑止力として、原発に直接配備するのが効果的であろう。
攻撃が生起した場合に、それに対応するには、さらに多くの自衛隊員が必要になる。80名の攻撃を迅速に撃破するには、最低その3倍の人員が必要であり、さらに封鎖して脱出を阻止するには、10倍程度が必要となる。連隊規模の1100名程度を使用し、そのうち800名程度で原子炉周辺を封鎖し、その中で主力中隊200名と増援火力100名からなる部隊により侵入した特殊部隊を撃破することになる。このように、1箇所の原発に対する攻撃に対処するには、制圧だけで約1個連隊が必要になるが、もし敵特殊部隊を包囲環から取り逃がせば、次の破壊工作も予想され、師団規模以上による追跡と掃討が必要になる。
逆に特殊部隊の攻撃などが予想される場合に、原子力発電所を警護するためにはどれくらいの兵力が必要になるであろうか。
原子力発電所の面積は、原子炉が5基の浜岡原発も2基の志賀も約1.6平方キロ、最大規模の柏崎原発が4.2平方キロである。そのため、一般に外周は4キロから最大10キロ程度と見積もられる。このように原発は広大な敷地に展開しているが、面積が1.6平方キロ程度、その周囲の距離が約5キロという前提で考えるとする。夜間の配備では50メートルに1人、昼間なら100メートルに1人程度の兵員を配置しなければ、直接の敵の浸透を防ぐことはできない。フェンスも監視装置も万能ではなく、過去の敷地内侵入事案からもわかるように、素人でも簡単に突破できる。
万全を期するには直接警戒員を配置しなければならない。そうなると、夜間は100人、昼は50人、平均75人が常時警戒配置についている必要がある。そのためには、交代要員を含め、その3倍の225名、指揮所、後方補給、通信などの独立機能も必要となり、250名の増強中隊規模が外周警備だけでも必要になる。
さらに、構内の巡回に常時2両、巡回要員人が2個班程度は必要である。これも30名の規模になる。また検問は正門と中枢部立ち入りの最低2箇所は必要であり、各10名、24時間配置のためには60名が必要になる。本部機能なども含め計100名程度になる。
さらに、主要施設などの要所に平均15箇所程度の歩哨が必要とみられるが、これも30人の3交代で100人程度が必要となるであろう。
また緊急事態対処用の予備隊100人と通信、補給、その他の本部要員が50名程度は必要になることから、以上を合わせて約600名が必要になる。現在の自衛隊の1個連隊弱が1箇所の原発の警備には必要となるであろう。
それを全国の54箇所に配置すれば、それだけで約3.24万人となり、1個方面隊規模の人員が必要になる。この数字は阪神・淡路大震災時の出動員数にほぼ匹敵し、後方支援要員の所要などを考慮すれば、陸自は他の任務を同時に長期にわたり実行するのは困難であろう。1箇所だけで1個師団以上を必要とする、敵特殊部隊の発見、捜索、撃破を担任する部隊を差し出す余裕は無くなる。警護のみで撃破ができなければ脅威は排除できず、いずれは攻撃を許すことになる。事実上、現在の陸自の人数では、全国の原発を長期にわたり万全の態勢で警護することは不可能と言える。
警察官、消防士、消防団員は計130万人を超える人数はいるが、対応できる武器、装備が限られ、特殊部隊に対する警護も捜索、追尾も危険で、任務とすることはできない。警察の武装力を強化するのにも限度がある。警察が単独で軍の精鋭部隊である特殊部隊の攻撃に対処するのはもともと困難である。確実な原発警護のためには、自衛隊員の人員数を増員するとともに、原発警護の任務を直接与え、平時から自衛隊を原発警備に付け攻撃を抑止し、緊急時には迅速に行動できるように法改正すべきである。また、民間の原発警備員や職員にも必要に応じて小火器を保有する権限を認め、射撃訓練を施すなど、法改正を含む警備態勢の強化策も検討すべきであろう。
原子力関連施設警戒隊の訓練の実態から判断すれば、部隊対部隊訓練の実施とその訓練レベルの点検は、定期的に為されている。またテロの人数や武器の種類などを盛り込んだシナリオを国が事前に提示し、事業者はこれに基づき規定を作成し、保安員が対策の妥当性を模擬訓練などでチェックすることになっている。ただし、これまで公表された訓練内容を見る限りでは、警察力を越える武器を持った特殊部隊による同時多発攻撃など、実際に起こりうる脅威度の高い攻撃様相に対応した、実戦的シナリオに基づいて訓練がされているかについては疑問がある。また自衛隊、関係情報機関、核被害対策の専門家などとの連携も欠かせないが、省庁横断的な訓練はまだ不十分ではないか。また追尾、掃討のための、自治体の枠を超えた広域訓練、国家レベルでの対応訓練もまだ余り実施されていない。
警察と自衛隊の共同訓練も実施されてはいるが、脅威度が警察力の限界を超えると判断された段階で、警備任務が円滑に自衛隊側に引き継がれなければならない。その間に間隙があっては、敵は包囲環を脱出して次の任務遂行に向かうであろう。任務の継承を円滑に行うには、日ごろからの共同訓練と現場ごとの信頼感の確立、種々の手続き、行動基準の共通化などが重要である。そのような水準にまで、今後自衛隊と警察の共同訓練を深化させる必要がある。
米国では、原発警備を担当する統一した国家機関としてNRCがあり、必要な訓練、安全基準の設定、評価、計画策定、関係法規の起案といった業務を一元的に行っている。さらにNRCは専門の事務局を創設し、NRCが監督する全施設の集中的な安全監視、地元警察や情報機関との法執行についての調整、緊急事態計画活動の統制などの措置を行わせ、部隊対部隊訓練の実施にも任じさせている。
この点においてわが国では、依然として省庁ごとの縦割り態勢のままであり、非効率で調整にも時間がかかる。緊急時には対応に時間を要して、後手に回り、被害が拡大することになる。また必要な情報が適時に中央に入らず、対応策を決心できないといった問題点も指摘されている。訓練や運用面でも、省庁横断的な自衛隊、警察、消防、自治体、事業者の参加と、全般的な統制調整なしには、円滑で実効性のある訓練、運用はできない。
このような問題点を解決するには、統一した担当官庁を省庁の枠を超えて創設する必要があるのではないだろうか。行革は必要だが、こと安全性については優先し、組織の新設も考慮すべきであろう。
また、法制面の整備も、中核機関がないため、遅れ勝ちである。米国で指摘されている、使用済み核燃料の保管の安全性、ヨウ素剤の配分の問題などは、わが国では解決されているのであろうか。また自治体や企業に対する統制権も緊急時には必要となるが、そのような罰則を伴った緊急事態対処法規がなかなか成立しないのがわが国の安全保障政策全般の弊害であり、原子力発電所の警備対策にも同様のことが言えるであろう。
原発事業者に対する罰則を伴う守秘義務などもようやく課せられるようになったが、まだ警備の面では規制が緩やかで、職員の身元調査、指紋採取、立ち入り制限、入出時の荷物検査と生体認証、遠隔地からの車両点検、フェンス、車止めなど物理的障害物の強化、哨所、監視カメラの増設など、国際標準からみて警備上改善すべき点もあるだろう。またサイバー攻撃などに対する、ソフト面、特にITセキュリティの確保も重要課題である。
以上の現在の原発の警備態勢に関する検討結果から浮かび上がってくるのは、わが国の安全保障、危機管理体制全般の問題点に通じる問題点であった。現在は国際的に、核テロ、核拡散の脅威が重大視されており、核関連物質管理の規制も強化されている。原発警備は国際的責務であり、わが国の警備態勢に国際標準から見て遅れた部分があれば、早急に是正されるべきであろう。省庁横断的な国際標準に基づく原発警備の態勢を確立し、脅威の実態を見据えた実戦的訓練を関係機関、組織が一体となって重ねることが求められている。
[34] 『朝日新聞』2005年7月21日。北電の泊原発で発生した。フェンスを乗り越え敷地内に侵入し逮捕された。