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最初に、世界最大規模の柏崎刈羽原子力発電所の概要を、2009年1月に日本安全保障・危機管理学会が行った実地調査の結果に基づき明らかにし、特にその安全対策の実態を確認する。なお、文責は本論著者矢野にある。
柏崎刈羽原子力発電所は、新潟県のほぼ中央に位置し、東京ドーム約90個分の敷地に、沸騰水型原子炉110万キロワットが5基と、世界初の改良型沸騰水型原子炉135.6万キロワットが2基の合計7基が運転している。合計出力が821.2万キロワットにのぼる世界最大の原子力発電所である。
発電所で作られた電気は、東京電力管内で使われている電気の約20パーセントを占めており、正に首都圏の電力を支える原子力発電所といえる。また常時約9千人の職員が勤めているが、その約半数が地元採用の人で占められている。このように、地域との一体化の進んだ原子力発電所とも言えるだろう。
一般に沸騰水型原子炉は、原子炉圧力容器のないに封じ込められた炉の中で270度、70気圧に沸騰した蒸気を、高圧タービンと低圧タービンに送り込み、電力を発生し、それを復水器で冷やして原子炉に戻すという閉鎖された循環構造になっている。外部と接するのは復水器内の冷却水のみであり、通常は放射能を帯びた蒸気が外部に出ることはない(今回の福島第一原子力発電所の事故では、放射能を帯びた蒸気が漏出したとみられる)。
原子炉格納容器内では、ウラン燃料を焼き固めたペレット約350個が丈夫な被覆管の中に密閉されている。その被覆管764体が厚さ16センチの合金鋼製で作られた原子炉圧力容器の中に封じ込められ、その中で生じた核分裂の熱で周囲の水が沸騰することになる。発生出力は、各被覆管の間に核分裂を制御するための制御棒を出し入れすることによりコントロールする構造になっている。
安全のため、出力を上げることは一度にわずかずつしかできない構造になっているが、緊急時の運転停止の際には、地下に配置された窒素ガスが自動的に放出され、1から2秒以内に全面運転が停止できるようになっている。このため、原子炉の核分裂が暴走することは構造上ありえず、逆に緊急時の炉の運転停止は瞬時にできるようになっている。今回の東北関東大震災でも、この制御棒の緊急挿入装置が作動し、運転中の炉は発災直後に自動停止している(ただし、地震の衝撃で、冷却水を送り込むモーターの電源が絶たれ、緊急用の発電機も機能せず、燃料棒の一部が空焚き状態になり深刻な事故となったとみられる)。
また柏崎原発の場合は、原子炉格納容器の周囲に、検査時の安全性確保のため厚さ66センチの生体遮蔽壁が設けられて、原子炉の主要部分全体は厚さ約30センチの鋼鉄製格納容器に納められている。さらに格納容器の外部は、厚さ1.9メートルの鉄筋コンクリート製の原子炉建屋の遮蔽壁に覆われている。このように、燃料となる放射性物質であるウラン燃料は、ペレット、被覆管、圧力容器、格納容器、生体遮蔽壁、建屋という6重の壁で覆われており、高度の安全性を保つ構造になっている。
原子炉災害に際しての対応の原則は、原子炉の運転をまず「止める」、次いで炉を「冷やす」、さらに放射能を「封じ込める」の三点であるとされている。「止める」については、原子炉の地下に案内していただき、上に述べた緊急用の窒素ガスのボンベ、地震計、「冷やす」については、冷却水を送り込むための配管と冷却水の備蓄タンクなどを、見学できた。
また、緊急時に炉内の放射能を帯びた蒸気を瞬時に「封じ込める」ための緊急用バルブと、核分裂を最終的に「止める」ために、炉内に散布するホウ素の備蓄タンクも設置されている。平常時は、原子炉建屋全体が外部よりも低い気圧に保たれており、内部の空気はそのままでは外部に出ないようになっている。ろ過した後排気塔から出されるが、緊急時には、バルブが作動して炉内の蒸気やガスを封じ込めることになっている。また、ホウ素は中性子を吸収して核分裂を中止させる作用がある。緊急時にはまず制御棒を挿入するほか、冷却水で冷やすが、それでも停止しない場合には、炉の上からホウ素を炉内にふりそそぎ、最終的に核分裂を停止させることになっている。そのかわり、炉は再利用が不可能になるが、緊急停止の最後の切り札となるのがこのホウ素である(今回の福島第一原発の事故でも、非常用の冷却水やホウ素の注入も行われたようであるが、すでに炉内が加熱し冷却するには不十分で、その後外部からの冷却水の注入が各種手段で試みられた)。
このように、「止める」、「冷やす」、「封じ込める」の各安全機能のすべての面で最新の設備と膨大なコストが費やされている。
しかし原子力発電所の現在の警備については、主に事業者が委託した武装を持たない民間警備会社が行っている。検問は民間警備会社が委託されており、それを新潟県警から警備車両を含め警察官が24時間常駐し、原子炉敷地内をパトカーが巡邏することにより強化するという態勢がとられている。また、原子力発電所は大量の冷却水を必要とすることから、海に面しているが、沖合には海上保安庁の巡視艇が常時停泊し、監視体制をとっている。しかし重量物の搬入用に港湾設備が整えられ、海側には防波堤が設置されているが、フェンスは一部に限られ、海からの侵入は容易にみえる。
空からの攻撃に対しては、炉の強度そのものは、米国での実験などに基づき、ミサイルや爆弾の直撃には耐えられるようになっている。ただし、地下侵徹用のバンカーバスターのような爆弾に耐えられるかは疑問があると、原子力発電所の職員の方は語っていた。
また、原子炉建屋内には、使用済み燃料の貯蔵プールがあり、核爆弾にも使用できるプルトニウム239を含んだ燃料棒が貯蔵されている。再処理工場が国内では未完成であり、未処理のまま貯蔵されている。万一使用済み燃料が強奪されるようなことがあれば、国際的に管理責任を問われることになるだろう。また、警備網を突破して中央制御室に特殊部隊などが侵入し、炉を暴走させる恐れもないわけではない。炉を制御するコンピューターの中にハッカーが侵入し、炉を制御不能にするといった、サイバー攻撃も現代では深刻な脅威にとなる。
外国では一般に原子力発電所の警備は、準軍隊並みの装備と体制を持つ民間警備会社か準軍隊が警備しているのが通例である。その点で、日本の原子力発電所の警備体制には、不安を禁じえない。また、本格的なゲリラや特殊部隊の武装を想定すると、そのような勢力による攻撃、破壊工作などに対して、警察力や民間警備会社の警備能力で対応できるのかは、疑問がある[1]。またサイバー攻撃に対しての防護能力は十分あるのであろうか。その点についても、徹底したセキュリティの確保が必要であろう。
原発事故、テロを含む、内閣の危機管理態勢として、1995年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件を受けて、内閣危機管理監が設けられた。内閣危機管理監が対応する「危機」は、@地震等の大規模災害、A飛行機や船、原子力発電所などの事故、Bハイジャックやテロなどの重大事件、C武力攻撃事態、Dそのほか邦人救出やサイバーテロなど各種の危機管理に大別される。原子力発電所の事故もこの中に含まれており、国家レベルでは内閣危機管理監が対応することになる。
これらの危機が発生すると、まず首相官邸にある内閣情報集約センターが情報を集め、首相や官房長官、危機管理監らに伝達。危機管理監は直ちに官邸地下の官邸危機管理センターに入り、必要と判断すれば関係省庁幹部を召集して官邸対策室などを設置する。内閣官房で安全保障と危機管理を担当する職員は約百人、官邸の内閣情報集約センターと官邸危機管理センターには、それぞれ数人が24時間態勢で常駐し、危機発生に備えている。テロ対策が9.11テロ以来重視されているが、情報の質と量が不十分との問題点が指摘されている[2]。原子力発電所に対するテロなどの事態では、国家レベルでは、当初内閣情報集約センターと官邸危機管理センターが対応し、直ちに官邸対策室が設置されることになるになるとみられる。
日本の原子力発電所の警備は、警察と海上保安庁が主に担当している。全国の原発の警備を指揮するのは、警察庁の重大テロ対策官である[3]。周辺地域でのテロの発生など緊張が高まった場合には、警察庁から各都道府県警、さらに原発を管轄する各警察署に警備強化の指示が流され、同様に海上保安庁は各保安本部から管轄の海上保安部に警備強化の指示が出される。また各事業者は、経済産業省原子力安全・保安院の指示を受け、連絡態勢の確認などの措置をとることになっている[4]。
2001年の9.11テロを受け、テロ対策特別措置法案が検討されたが、その際に、自衛隊が警護出動時に、原子力発電所を警護対象に含めることが検討された。しかし、当時の自民党と警察庁から、「治安維持は警察が担うのが原理原則」との反発が出て、対象から外されたという経緯がある[5]。また各国の原発警備の主力は事業者が雇う民間ガードマンだが、武装化していないのは日本とスウェーデンだけである[6]。
また、民間の警備を補強し、平時からの一義的な警備責任を、自衛隊が負わず、警察と海上保安庁が担当しているという現状は、特殊部隊など軍隊の精鋭部隊の奇襲攻撃が主な脅威として予想される状況下で、武装、組織力その他の面で対応力に限界が生ずるのではないかと危惧される。そのため、防衛省、自衛隊との連携については、有事が勃発する危険性が高くなった場合に、警護出動や治安出動が発令されれば、防衛省自衛隊も出動し原発の警備に当たることが法的に規定されている。しかしながら、奇襲的な攻撃を受けた場合には、適時に警察から自衛隊に要請がなされ、あるいは警護出動や治安出動が発令されるかは不確実であり、間に合わなくおそれがある。そのような観点から、直接警備に当たる警察と海上保安庁の編制装備の実態を確認しなければならない。
現在の日本の原子力発電所の警備体制については、2004年の原子炉等規正法が改正され、テロの具体的想定に基づき国の専門検査官が事業者の態勢を検査するほか、事業者側に懲役など罰則付きの守秘義務が課せられている[7]ことから、細部が公表されることはない。しかし時折報道機関を通じて公表されることがあり、これらの公開情報から警備部隊の編制装備の概要をうかがうことができる。
全国の原子力関連施設については、2001年9月の米国同時多発テロ以降、管区機動隊が中核となり警戒を強めてきた。当時は、日本国内の原子力発電所で、テロを念頭に置いた厳しい警戒が続けられた。機動隊が常駐し、巡視船艇も海から24時間態勢で監視に当たった。電力会社は、中央制御室など中枢施設への見学者の案内を取りやめた。
中でも、福井県の敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」は、95年月のナトリウム漏れ事故以来運転を止めていたが、炉心の核燃料には約1.4トンのプルトニウムが入ったままになっていた。原爆175個をつくれる分量とされ、その警備は特に厳重を極めた。
門前にはパトカーが止まり、入構チェックでは警備員らが身分証明書の提示を求め、社内のトランクや荷物を調べる。常駐の機動隊員は、約100万平方メートルの周辺パトロールを24時間態勢で続けている。全国最多の15基の原発が立地する福井県では、人員が約1500人の県警だけでは警備が追いつかず、10月下旬から愛知、岐阜、富山の3県警などから機動隊員約150人が応援に加わった。
周辺海域では、第8管区海上保安本部(京都府舞鶴市)の巡視艇20隻、航空機4機が交代で警戒出動した。海上保安庁は舞鶴市内にあるヘリ基地を夜間でも使えるよう2億円をかけて整備することを決めた。電力業界は、警備上の理由から、原発見学キャンペーンなどの新聞や雑誌を通じた大がかりな見学募集を中止した。逆に国から施設周辺の監視や見学者の所持品検査などについて警備強化を求められた[8]。
このような高速増殖炉に対する9.11直後の警備態勢は、当時として最高度のものであり、現在でも緊急時には類似した警戒態勢が、対象となる原発に対してとられるとみられる。
その後2002年のFIFAワールドカップ開催の際に、管区機動隊が警備に動員されたため、手薄となった原子力関連施設の警備を強化する必要が生じた。そこで道県警察にある16施設の商業用原子力発電所などに、短機関銃を配備した機動隊の銃器対策部隊を配備することを、警察庁は決定した。この原発警備に当たる新たな重装備の銃器対策部隊は「原子力関連施設警戒隊」と称された。なおワールドカップの間、各警察本部の銃器対策部隊員が地元の原発を警備するが、要員が足りない福井や宮城など6県警には、全国から応援部隊を派遣して対応した[9]。しかし当時の「原子力関連施設警戒隊」は臨時編制であり、専門部隊ではなかった。
2003年に入りイラク戦争の危機が迫り、再び原発の警備が強化された。道警は米総領事館、新千歳空港と並び、従来から24時間態勢で警備してきた北海道電力の泊原子力発電所の警備の警察官を増員した[10]。イラク戦争時に全国の警察の警戒対象は500箇所以上に増加[11]と報じられている。イラク戦争開戦後は、中部電力浜岡原発の見学は中止され、不審者の出入りチェックが強化されバスツアーも中止された。地元の静岡県では、テロ対策本部に経済対策班を新設して「県イラク問題対策本部」に名前を変えた。また本部長には、知事が就任するなどの対策強化策がとられ、連休間の連絡態勢の確認などの措置がとられた[12]。
2003年4月に銃器対策部隊が初めて公開された。九州電力玄海原子力発電所の警備に当たる県警機動隊銃器対策部隊が報道陣に公開された。同部隊はテロ対策警備が本来の任務であり、9.11テロ以降、同部隊が玄海原発を24時間態勢で警備してきた。隊員数は数十人と公表されたが、イラク戦争開始以降、数人を増強した。拳銃弾を連続発射するサブマシンガン、狙撃用ライフル、装甲車を装備している。警察庁警備課によると、サブマシンガンは2002年3月に全国の警察に配備された[13]と報じられている。またその1ヵ月後の島根原子力発電所に関する記事では、県警の銃器対策部隊員の装備として、防弾チョッキ、サブマシンガン、特型警備車が紹介されている。またここでもイラク戦争以降、配置人員が数人増員されている[14]。浜岡原発の警備態勢も同時期に始めて公開され、防弾ヘルメット、防弾衣、連射がきく機関拳銃、ライフル銃が装備として紹介されており、機動隊長が査閲した人員は33名であった。
これらから、原発の警備に当たる機動隊の編成は、隊長以下34名、主要装備は、連射のきくサブマシンガン、狙撃用のライフル銃、特型警備車、防弾衣、防弾ヘルメット、催涙スプレーなどであろうと推測される。
なお編制装備の細部については、以下の内容が公開されている。
2004年、若狭湾岸に多くの原子力関連施設を持つ福井県警察は、日本の警察としては初めての、「専門部隊である原子力関連施設警戒隊」を編成した。警備部嶺南機動隊の所属になる。 福井県警察原子力関連施設警戒隊は警戒隊長(警部)以下2個小隊編成である。福井県警察警備部嶺南機動隊は各種警察活動を行う、管区機動隊を兼ねていた部隊であったが、その嶺南機動隊のうち2個小隊を原子力関連施設警戒専門部隊とした。
福井県警察原子力関連施設警戒隊の編制は、原子力関連施設警戒隊(隊長:警部)第1小隊-第2小隊(小隊長:警部補)。原子力関連施設警戒隊は警備部嶺南機動隊内に設置されている。
また装備としては、一般の警察官に貸与されているものと同型のボディアーマー及び防弾ヘルメットを着装し、けん銃(ニューナンブ等)をサイドアームとして装備している。原発警備のため、特別に機関けん銃(ヘッケラー&コッホ製、MP5。エイムポイント製のダットサイトを装着)や、狙撃銃(豊和工業製、M1500)をメインアームとして装備している。 また、各施設を警戒するために、「特型遊撃車」等の防弾車両を装備している[15]。
また原子力関連警戒部隊は、福井県をはじめとした原子力関連施設のある全国16道府県警察の警備部機動隊のなかに編成されている。人手不足で警備能力が落ちるのを防ぐため、原子力関連施設のない近隣の都道府県から出向している警察官もいる。専従部隊としては、福井県警察原子力関連施設警戒隊が唯一である。その他の16道府県の原子力関連施設警戒隊の隊員は、必ずしもこの任務だけに専従しているわけではない。管区機動隊の隊員が任期制、交代制で警戒隊に出向している。
海上における警備態勢については、日本の原子力関連施設は海に面しており、国際テロリスト等が海から攻撃してくる恐れがあるため、原子力関連施設警戒隊は国土交通省海上保安庁と常に緊密な連携をとりあっており、国土交通省海上保安庁は原子力発電所の周辺海域を巡視船艇の巡回経路に組み込んで警戒している。特に、新潟県の東京電力原子力・立地本部柏崎刈羽原子力発電所においては、武装した海上保安官を乗せた巡視船を常に展開させている。東京電力原子力・立地本部柏崎刈羽原子力発電所及び中国電力電源事業本部島根原子力発電所においては、海上保安庁の保有するモーターボートも使用して警戒している[16]。
海上での警備の状況に関しては、玄海原子力発電所の周辺海域を警備する第7管区海上保安本部の警備状況について、同海保の「まつうら」(350トン)の警備振りが以下のように報じられている。「まつうら」では、ブリッジで4人の乗組員が見張りに立ち、防弾防刃救命衣や防弾ヘルメットを見につけて小銃を構えて、前方をまっすぐに見ている。船首部には機関銃を搭載している。今は7管本部の巡視船が3から4日のローテーションで警備する。原発から数十〜数百メートルの海域を行き来し、乗組員が交代で24時間の見張りに立つ。海上保安庁は、同時テロ以降、全国の米軍基地や原発など重要施設約140箇所を、24時間体制で海から警備している[17]。
2005年に配備された新型巡視船については、重量約1800トン、全長約95メートル、今作戦の推定速力の30ノット以上を出すことができ、射程がより長い40ミリ機関砲を備え、赤外線探索監視装置も搭載している。なお柏崎原発のある新潟西港には、巡視船が3隻ある[18]と報じられている。
現在海上保安庁には、ヘリ搭載型巡視船4隻、3千トン級大型巡視船2隻、1千トン級8隻、500トン又は350トンの中型巡視船10隻、小型巡視船5隻、高速特殊警備船1隻、35メートル又は23メートルの大型巡視艇20隻、20メートル以下の汎用巡視艇などが配備されている。武装は最大で40ミリ機関砲ていどとみられる。固定翼機、ヘリなどの航空機も多数保有している[19]。
また、96本の音響ビームを通して超音波を放射状に発射し、海中の物体から反射して戻ってきた音波を拾い上げ、画像に変換する「水中セキュリティソーナーシステム」の配備なども、2008年の洞爺湖サミットで実施されたと伝えられている。約15メートル先まで撮影可能な音響ビデオカメラと半径500メートル以内をカバーする音響レーダも同システムにあり、水中のダイバーの様子が鮮明に映し出されると伝えられている[20]。
これらの海の警備能力から見れば、24時間で原発の沖合数百メートル以内に巡視艇が監視体制をとり、水中にも警戒網が張られていることは明らかである。このような警備態勢から判断すれば、洋上及び水中からの潜入は、原子力発電所の直前の海域からでは容易とはいえないであろう。しかしその警戒範囲外の海域から上陸し、陸路接近された場合は発見も阻止も困難と見られる。
現在の原子炉等規正法では、事業者は、核物質の強奪や盗難、施設への侵入、破壊工作などを防ぐ「核物質防護」に関する規定を定めて、国の認可を受けており、この規定内容を対象とする検査を受けることが義務付けられている。テロの人数や武器の種類などを盛り込んだシナリオを国が事前に提示し、事業者はこれに基づき規定を作成し、保安員は対策の妥当性を模擬訓練などでチェックすることになっている[21]。
なお、各地の部隊は、内閣府国家公安委員会警察庁首脳部等の巡察や激励を頻繁に受けており、部隊の重要性がうかがわれるが、警戒部隊の訓練レベルについては、原子力関連施設警戒隊はまだ編成されたばかりであり、目下、原子力関連施設の内部構造を良く把握した上での防御・制圧方法を研究している段階といわれている[22]。
なお、原子力関連施設は、破壊目的で原子炉の不正な運転操作が行われた場合や災害が発生した際には、直ちに施設の稼動を停止して危機を回避するよう設計されてはいる。万一これに失敗し、戦闘によって機器・設備が破損した場合、程度によっては原子力災害を引き起こす恐れがある。このため、部隊には施設に攻めてきた敵を制圧する能力だけではなく、原子力施設に関する専門的な知識と、細かな対処マニュアルが必要となる。これに付随して、原子力関連施設内に仕掛けられた爆発物の探知と処理、放射能汚染下における戦闘術、放射能汚染下における救護活動の能力なども必要となる。
他国の同種組織には、実力部隊だけではなく、後方から専門的な助言を行う、核科学者、放射能技術者、通信員からなるSRTという支援部隊があり、これらが一体となって活動しているが、日本においては同様の組織の有無は明らかでない[23]。
武装侵入者対処訓練も実施されている。石川県警は2010年11月、愛知県警特殊急襲部隊(SAT)の応援も得て、国外の工作員の想定した原発での対テロ訓練を全国の警察で初めて公開した。北朝鮮による韓国砲撃などの情勢緊迫化などを踏まえたもので、雨天の下、3人の工作員が拳銃を発砲しながら、黒い車で志賀原発の敷地内に侵入したとの想定での対処訓練が実施された。訓練では、石川県警銃器対策部隊が装甲車で重要施設への接近を阻み、応援に駆けつけたSAT隊員と共に「応戦」した。SATは掩護のヘリコプターなども駆使し、サブマシンガンを乱射する工作員1人を銃撃、ほか2人をすばやく取り押さえて制圧した。視察した安東警察庁長官は「全国で同じ高いレベルにすべく、訓練を各地で行い、万全を期したい」と語っている[24]。
訓練の水準も逐次向上し、より実戦的な訓練が行われている様子がうかがわれる。しかし、特殊部隊の能力からみれば、拳銃のみの乱射で襲撃をすると想定するのは、非現実的ではなかろうか。
[1]以上の見解は、日本安全保障・危機管理学会が2009年1月22日から23日に実施した柏崎原子力発電所の実地研修結果に基づき、参加した矢野がまとめたものである。
[2]『朝日新聞』2004年3月12日。
[3]『朝日新聞』2001年12月6日。
[4]『読売新聞』2010年11月25日。
[5]『朝日新聞』2001年10月24日。
[6]『朝日新聞』2001年12月6日。警察庁黒木慶英・重大テロ対策官(当時)の発言による。
[7]『朝日新聞』2004年10月28日。
[8]『朝日新聞』2001年12月6日。
[9]『朝日新聞』2002年5月16日。
[10] 『朝日新聞』2003年3月20日。
[11] 同上。
[12] 『朝日新聞』2003年3月21日。
[13] 『朝日新聞』2003年4月19日。
[14] 『朝日新聞』2003年5月8日。
[15] 原子力関連施設警戒隊。この記事の出所は明らかではないが、上記の各種報道内容とも合致しており、信頼度は高いものと見られる。福井県警の原発警備専従の原子力関連施設警戒隊の発足については、2004年3月20日付『朝日新聞』でも報じられている。同報道によれば、「機動隊員は10人増員され約70人として、うち38人で専従警戒隊を編成し、24時間態勢の原発警備に振り向ける。それでも不足している為、14府県警の機動隊にも応援を求める」としている。
[16] 同上。
[17] 『朝日新聞』2004年4月3日。
[18] 『朝日新聞』2005年2月10日。
[19] 『海上保安庁・船艇掲載リスト』による。
[20] 『朝日新聞』2008年11月16日。
[21] 『朝日新聞』2004年10月28日。
[23] 同上。
[24] 『日本経済新聞』2010年11月26日。