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第一部での日本の原発の警備態勢の検証を受け、その脅威となる特殊部隊攻撃の一例として、北朝鮮特殊部隊をとりあげ、その能力、攻撃要領を検討する。次いで、日本との比較対象として、米国での近年の警備態勢強化の動きを見ることとする。
北朝鮮の特殊部隊は、韓国の2008年の国防白書によれば、総兵力は18万人に増加している[25]。党のものと軍のものがあり、軍には偵察局、軽歩兵訓練指導局、陸軍各軍団、海軍に属する特殊部隊がそれぞれに存在する。指揮系統は比較的単純で、党の特殊部隊は国防委員会が、軍については人民武力省内の参謀本部が直接統制する[26]。
任務については、日本のような朝鮮半島外の外国に対する、戦略目的の上陸後の原発に対する襲撃行動は通常、海軍特殊部隊の支援のもとに、偵察局の狙撃旅団が担当すると見られる。その任務は、戦略偵察、全世界にわたるミサイル、レーダ、核・生物・化学兵器などの占領・撃破、要人の暗殺・誘拐などのかく乱工作、北朝鮮側の核・生物・化学兵器の攻撃目標の偵察、生物剤の隠密散布などと並び、航空基地、貯油施設、トンネル、橋、発電所などの重要な戦略目標の阻止、占領または支配による各特殊部隊への協力が挙げられている[27]。ここで重要なことは、発電所そのものは特殊部隊の目標としては次等であり、他のより重要な目標の達成に協力することが任務とされている点である。
偵察局狙撃旅団の編成は、旅団は7〜10個の大隊から成り、大隊が運用単位となっている。大隊には80人程度の狙撃中隊が5個と通信小隊があり、総員数は450人。各中隊には25人単位の狙撃小隊が3個あり、総員数は80人である。各小隊は3人から4人の狙撃分隊6個ていどから成る。
各旅団には、高空降下低空開傘、戦闘潜水などの能力を有する隊員がいる。武器としては60ミリ迫撃砲、対戦車ミサイル、小銃、軽機関銃、重機関銃、手榴弾、爆薬、82ミリ無反動砲、107ミリ無反動砲、対戦車ロケット弾などを保有している。一部の要員は、通信機、電子情報器材、暗号装置なども保有する。なお撹乱部隊は、米軍や自衛隊などの制服を着用しその武器を所持していることもあり得る[28]。
重武装ではないが、武器操作、射撃や徒手格闘の訓練は徹底的に行われており、兵器の駆使能力は高い。鹵獲した兵器や車両の操縦もできるとされている。原子力発電所を襲撃するとした場合、最低1個中隊程度の兵力は指向するとみられる。その場合、小隊ごとに目標が与えられ、連携して行動するであろう。
日本に浸透し原子力発電所に対する破壊工作などを行うとすれば、その目的は、他の重要な戦略的狙いを持った作戦に協力するため、日本の防衛・警備力を一時的に拘束し、あるいは人心のかく乱を狙う可能性が高い。原発の破壊、占領支配そのものが日本に対する特殊部隊攻撃の戦略的な第一の目的ではなく、真の目標は別に存在するとみるべきである。また戦術的な欺編、陽動も多用される。そのため、小隊ごとに時間差攻撃を行たり、別正面から同時攻撃する、時間差を設けた爆破といった手法が採られる。
海岸沿いの原発に対する襲撃では、海軍の狙撃・特殊戦上陸作戦も可能性がある。この場合は、海軍の特殊部隊が担任する。大隊が500人規模で、指揮下部隊に82ミリ迫撃砲中隊が属するなど、狙撃大隊よりも大型、やや重装備である。旅団には工兵小隊、戦闘水泳隊、特殊艇部隊などが属すると見られている[29]。
海上からの浸透については、50トンから100トンの母船の支援を受ける場合と受けない場合がある。1990年代から建造の始まったサンオ級沿岸潜水艦を使用する場合は、母船の支援なしで日本の一部の海岸には接近可能かもしれない。母船の支援を受ける場合は、ユーゴ級ミニ潜水艇を母船に収容し、公海上の予定位置から潜水員母艇を搭載して発進させる。ミニ潜水艇の代わりに上陸用舟艇を発進させる場合もある。ただし母船は発見されやすく、攻撃を受けて上陸用舟艇ごと被害を出す例も多い。
離岸5〜10キロメートルの敵国領海内に到達すると、3〜6人の浸透チームを乗せた潜水員母艇は、上陸用舟艇又はミニ潜水艇を出て海岸に近づき、潜水してチームを渚に上陸させる[30]。浸透には、パラシュートやグライダーを使用する空中からの浸透という方法もありうるが、秘匿と奇襲が困難なため、日本向けには使用しにくいであろう。
浸透後の攻撃要領は、上に述べたとおりであるが、原子力発電所を破壊することを目標とする場合には、他にジャンボ機を乗っ取り激突させる方法、内部分子を取り込みあるいは潜入して内部から破壊する方法、サイバー攻撃などがありうる。これらへの対応もきわめて重要である。
9.11以前は、原子力発電所は、事業者が管理する「緩衝地域」、「保護地域」、「死活的地域」の三地域に分割されていた。保護地域へ立ち入れるのは、発電所の従業員と監視された訪問者のみであり、接近は制限されていたが、死活的地域はさらに厳格に制限されていた。また警備要員は、採用前の調査と訓練を求められた。
9.11以降、地上からの襲撃、周到に準備された航空機による衝突、その他のテロリストの行動が、国家安全保障の最優先事項となった。備えるべき脅威の厳しさは、「設計ベースの脅威(design basis threat: DBT)」に反映された。2003年4月の規制命令によりDBTは、「規制された民間の警備隊が現行法のもとで防衛できると期待できるものでなければならない」と変更された。細部は2004年10月から発効されたが、公表されなかった。しかし新しいDBTは、テロの脅威を適切に反映してはおらず、2005年8月、8州の司法長官は改正の必要性を説いた。
原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Commission: NRC)は、各原発に対し定期的に、設計ベースの脅威から守る能力を確認するための訓練を実施するよう義務付けている。これらの「部隊対部隊」の訓練は、NRCによって査察される。この訓練では、仮想の敵性勢力は外部から原子力発電所の中枢部に浸透し、死活的な枢要な部分を破壊するよう試みる。参加者はレーザーと空砲のみを使用し、レーザー受光器を着用する。その他の武器と爆発物も、物理的な防護障害物の突破と同様に、シミュレートされる。ある訓練では、原発警備隊の1個分隊が部隊対部隊の訓練に参加している間、もうひとつの分隊は通常の発電所の保安に携わっていた。彼らは、模擬攻撃がある時間帯に実施されることを知ってはいたが、そのやり方は知らなかった。多方向からの攻撃シナリオが訓練間の数日に渡り実施された。
発電所の安全度を評価し、規制された強制行動をとらせる根拠として、部隊対部隊訓練を使用できるよう、標準的な手続きと要求水準が開発された。しかし、できるだけ参加者を危険に曝すことなく、正常な発電所の運転と安全性を阻害することなく、より現実的な訓練にするためには、多くの妥協が必要であった。
NRCは、原子力産業に対し、部隊対部隊訓練をシミュレートするに際して、多くの発電所からの安全担当官からなる「集成敵性勢力」を開発し訓練するよう要求した。しかし、会計検査院は、産業界が、米国の原発の半数を警備している会社から敵性勢力の提供を受けていることに対し、「部隊の独立性」に疑問を呈し、批判している。また新しいDBTの基づく安全策の実行策が、NRCの見直しを受けていないと批判している。
1979年のスリーマイル島の原発事故以来、約10マイルの緊急計画地帯(Emergency Planning Zone: EPZ)が設けられることになっているが、テロの脅威が高まっていることから、EPZをさらに広範に設定する必要がある。もう一つの放射性物質の流出時の対応上の問題は、どこまでヨウ素剤を配布するかである。放射性物質は被爆者の甲状腺に集中する傾向があるが、被爆前にヨウ素剤を飲んでおけば放射性ヨウ素の吸収を妨げることができる。現在の緊急事態の計画では、EPZ内の人にヨウ素剤を配布するようになっているが、その他の放射性物質に対する防護策はとられていない。
放射性物質や核燃料とその分裂性生産物の拡散を予防するために、原子力発電所ではそれらは金属製の格納器に納められているが、最大の懸念は、炉心部が核分裂物質の熱により冷却水を失い溶融することである。テロリストの攻撃の間でさえ、操作員は核反応炉を停止し、放射性物質が拡散する脅威を無くさなければならない。格納器に穴を開けるか、爆薬を使うか火災でもない限り、放射性物質はそのままに留まる。スリーマイル島とチェルノブィリという二度のメルト・ダウン(炉心溶融)は、操作間違いと設計の誤りの二重の間違いが重なって生じた。そのようなことでもない限り、基本的にはメルト・ダウンは生じず、炉内の放射性物質が流出拡散することはない。
ではそのような場合として考えられる脅威は何であろうか。まず考えられるのは、航空機の激突である。これについては、アルカイダが9.11の計画段階で、当初原子炉に対する攻撃を計画していたことが、2002年9月のアルジャジーラで放映されたことで、憂慮が高まった。もし航空攻撃により格納器に穴が開けば、広範な放射能汚染が生ずるであろう。しかしながら、原子力産業側は、原発のように小さく、平たいものは目標とするのは困難であり、格納器に穴を開けるのは不可能であり、仮に穴が開いたとしても反応炉まで到達するのはおそらく無理だろうと見ている。燃料を満タンにした翼部といっしょに、攻撃機が格納器を完全に突破しない限り、世界貿易センターのような火災が続くこともないだろうとしている。最近のNRCの研究でも、「健康や安全に被害を及ぼすような、炉心の破壊や放射性物質の流出が起こる可能性は低い」とされている。
以上から、航空機の激突による原子炉の破壊と放射性物質の流出拡散やメルト・ダウンという事態は可能性が低いと言えるが、NRCは追加的な衝撃緩和策を考慮中である[31]。
次に、水のプールの中に保管されている使用済み燃料の安全性も憂慮される。最大の問題は、テロリストが燃料保管施設の厚いコンクリートの壁を突破し、保管用の水を汲み出せるかである。そうなれば燃料が加熱し火災が発生するかもしれない。原発側は、そのような火災の恐れは少ないとしている。特に操作員が、損害を受けたプールの中の燃料を冷却化する能力が過小に評価されていると反論している[32]。しかし格納ケースに入っている使用済み燃料のケースを破壊し、内部の放射性物質を放出させるおそれがあり、使用済み燃料のプールと保管施設は、NRCの安全基準の要求に応じるものでなければならない。
最も基本的な問題はDBTの特徴であった。下のDBTでは小規模のテロの撃退にさえ失敗した。また免許を持った要員を各原子炉につき最小限5人としているのも過少すぎ、実際は5000人が65の原子力発電所で働いており、1基当たり75人となる。また、炉の警備部隊も、何かあれば地元の取締り係官の支援を受けることになっている。2002年2月にNRCは、「暫定的安全保管措置」をとった。それには、巡回の強化、警備員の増員と能力向上、警備哨所の追加、物理的障害物の追加設置、より遠距離からの車両検問、取締官、軍との連携強化、全員に対するより厳格な立ち入り統制などが含まれていた。それでも不十分として追加措置を行い、2003年にDBTは見直された。
2002年4月にはNRCは、原子炉安全事故防止事務局を立ち上げ、NRCの統制するすべての施設の集中的な安全監視、取締官や情報機関との法執行についての調整、緊急事態計画活動の統制などの措置を行わせた。また部隊対部隊訓練の実施も事務局の責任となった。
法制化の面では、第107議会で原子力発電所の安全性を扱う法案がいくつか出されたが、成立しなかった。H.R. 3382は、NRC内に民間の警備員に替えて連邦の警備部隊を創設するという法案であるが、各原発の周囲50マイル以内での緊急事態計画の策定と、200マイル以内の住民用にヨウ素剤を備蓄することを要求するものであった。代替案として提示された法案は、安全性見直しのための任務部隊を指命するものであり、大統領に、原発への空、海、地上からの接近経路に対する防護を調整するための連邦チームの設立を求め、NRCの核安全性・事故対応事務局に法制上の権限を与えるというものであった。またNRCは統制している施設が様々の武器を携行する権限を与えるよう、同法案では要求している。
第108議会では、総集的なエネルギー法案条項が議会で審議されたが、いずれも成立しなかった。核安全保障法2003が提案された。同案には、NRCの免許を持つ職員に対し武器携行の権限を与えることが含まれていた。下院では2003年に通過した。このときの法案の副題の中では、核施設の安全性に関する大統領報告、部隊対部隊訓練、州兵と取締官の原発の安全性に対する脅威に備えた訓練、原発職員の指紋採取なども要求されていた。この法案は、上院で阻止されたが、集成的なエネルギー法案は第109議会でも、引き続き立法化に向けての動きが進むとみられている[33]。
このように、米国では、スリーマイル島の事故、9.11テロという2回の深刻な危機を経て、原発の安全性確保と警備態勢については、国を挙げた抜本的な見直しがなされている。国情が異なるため、特にテロや特殊部隊の攻撃を想定した警備態勢の取り組みについては、日本として遅れている分野であり、参考にすべき点が多い。
[25] 『聨合ニュース』2009年2月23日。
[26] ジョセフ・バーミューデッツ著、高井三郎訳『北朝鮮特殊部隊―組織・装備・戦略戦術』(並木書房、2003年)12〜13頁。
[27] 同上、189頁。
[28] 同上、189〜194頁。装備については、160〜163頁も参照。
[29] 同上、180〜181頁。
[30] 同上、184〜188頁。
[31] Letter from NRC Chairman Nils J. Diaz to Secretary of Homeland Security Tom Ridge, September 8, 2004.
[32] NRC Fact Sheet. NRC Review of Paper on Reducing Hazards From Stored Spent Nuclear Fuel. August 2003.
[33] Carl Behrens et al., Nuclear Power Plants: Vulnerability to Terrorist Attack, CRS Report for Congress, FRS21131, Updated February 4, 2005.